「鬼十則」の時代から「利休七則」の時代へ。〜茶の教えが伝える場づくり7つのポイント。
千利休が茶道の教えとして残した「利休七則」に、これからの時代の働き方の大きなヒントが隠されています。
伊藤園さんと開催している「茶ッカソン」で毎回、来場された方に伝える、グループワークを円滑に進めるための「7つのポイント」があります。それが「茶ッカソン流・利休七則」です。
「利休七則」とは茶人・千利休がまとめた茶道の基本である「おもてなしの心」を体現した言葉です。
一、茶は服のよきように点て
二、炭は湯の沸くように置き
三、花は野にあるように生け
四、夏は涼しく冬暖かに
五、刻限は早めに
六、降らずとも傘の用意
七、相客に心せよ
もともと弟子に「茶の湯とはどのようなものですか」と問われたときに、このように利休が答えたところが発祥だそうです。弟子はそれを聞いて「それくらいのことなら、私もよく知っています」と答えたところ、利休は「もしできているのなら、私があなたの弟子になりましょう」と答えたという逸話も残っています。シンプルでありながら、実際に形にするのが難しい、おもてなしの心の奥深さを物語るエピソードです。
この七則を読んだときに、ぼくは「この7つの教えは、ハッカソン、アイデアソンなどのグループワークや、みんなで場を創るにあたって、とても大事な考えなのではないか」と思い立ちました。シンプルな言葉の中に、コミュニティづくりの粋が詰まっているのです。早速、草案を、一緒に茶ッカソンのファシリテーションをしている、タムラカイくんと、伊藤園の角野さんにシェアをし、タムラくんの編集を経て「茶ッカソン流・利休七則」は完成しました。
そして、この「利休七則」をイベントで繰り返すうちに、この考え方が、コミュニティづくり、イベントづくり、場づくり、はては、いろいろな方とチームで仕事をする際に最も重要な根幹なのでは?と思い至りました。
思い至ったきかっけは、この「利休七則」のことを茶ッカソンで発表したときに、毎回茶ッカソンに畳を協賛して頂く北一商店の松永さんがこんな一言を、ふと残したことです。
「電通さんの鬼十則の時代が終わって、利休七則の時代が来ているのかもしれないですね」
不幸な事件が起きたことがきかっけで、電通の象徴だった「電通鬼十則」が2017年度から社員手帳から削除される事態に発展したことは、記憶に新しいところです。鬼十則は、モーレツに働く電通マンの象徴であり、数多くのビジネスマンにも引用され、関連書籍も多数発行されました。電通の四代目社長の吉田秀雄氏が部下に対して発信したのが発祥です。曰く、このような中身です。
1. 仕事は自ら創るべきで、与えられるべきでない。2. 仕事とは、先手先手と働き掛けていくことで、受け身でやるものではない。3. 大きな仕事と取り組め、小さな仕事はおのれを小さくする。4. 難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。5. 取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは……。6. 周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地のひらきができる。7. 計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。8. 自信を持て、自信がないから君の仕事には、迫力も粘りも、そして厚味すらがない。9. 頭は常に全回転、八方に気を配って、一分の隙もあってはならぬ、サービスとはそのようなものだ。10. 摩擦を怖れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ、でないと君は卑屈未練になる。
この十則、いいことを言っているポイントもあって、個人的には嫌いではないのですが、ひとつ気づかされるポイントがあります。それは、この十則の主語が「自分自身(おのれ)」であることです。
しかし様々なアイデアソンや、コラボレーションイベントを開催したり、コミュニティをつくったりして思うことは「己を主語にして仕事を語る時代は、終わろうとしている」ということです。
仕事は、自分で創るものではなく、他者と創り、他者と形作るものになっています。少なくとも「周囲をひきずりまわす」ような会社はどんどん嫌われます。むしろ、周囲と連携して何かを起こせる会社や個人が評価される時代になっています。
「モーレツ」という言葉が流行ったような高度経済成長の時代には、鬼十則は、仕事に勢いをつける意味でも貢献したのでしょう。それは否定しませんし、部分的に残っていい要素もあると思います。しかし、今の時代によりフィットするのは、他者を思いやり、お客さんの気持ちに寄り添う「利休七則」なのではないかと、日々思うのです。
以下「利休七則」を茶ッカソン流に翻案した内容を説明します。特に茶の湯に例えると「客人」を迎える「主人」であるイベントオーガナイザーやコミュニティマネージャー、ファシリテーターにとっては、とても役に立つものです。これが皆様の場作りや仕事に、少しでもいいヒントになれば幸いです。
茶の湯に例えると、ファシリテーターは「主人」。おもてなしの心を持って、場づくりに臨む必要があります。
一、茶は服のよきように点て (自分の理想以上に相手の気持ちを考え)
「服」とは「飲む」こと自体を指します。客人を迎えた主人が、お茶をたてる際に、飲む客人の気持ちにたってお茶をたてなさい、という教えです。
これを茶ッカソンでは「自分の理想以上に、相手の気持ちを考えなさい」という言葉に置き換えました。
場づくりにおいては基本であり、特に重要な教えです。オーガナイザーが自分の都合にあわせて場づくりをしていては、お客さんにとって居心地のいい空間は生まれません。オーガナイザーはいつでもお客さんの気持ちになって、目を配り耳を配り、柔軟に場を仕切っていく必要があるのです。
また、クライアントとのコラボイベントの企画でもこの教えは役立っています。クライアントの悩みの本質に寄り添うために、たくさん話を聞いて、自身の持っているものやアイデアを組み合わせて、どのような解決策を提示できるのかを、一体となりながら考えていく必要があります。
二、炭は湯の沸くように置き (結果だけでなく準備・段取りにも気を遣い)
お茶を点てる際に、炭に火をつけておこすのですが、このプロセスは1つ間違えるとなかなかうまくいきませんし、配置や注ぎ方にも気を配る必要があります。
最適な結果を導くには、正しいプロセスを意識して、準備をし、段取りをすることが必要ですよ、という教えです。
グループワークにおいては限られた時間でアウトプットを創ることの焦りから、肝心な要素をすっ飛ばしてしまったり、ある要件を無視してしまったりすることも起こりがちです。結果を創るためには、プロセスを見つめ直すことが大事だよ、ということを、茶ッカソン流・利休七則では伝えています。
「ファシリテーションは準備が9割」という言葉をあるファシリテーターの方がおっしゃっていたのですが、まったくその通りです。準備の段階から場づくりやオーガナイズは始まっているのです。
三、花は野にあるように生け (課題・アイデアの本質を常に意識して)
茶室には花を飾りますが、その花の生け方は「自然にあるように生ける」のが基本なのだそうです。その花が、野にある際の、本質的な美しさを損なわず、むしろそれを引き出すように活けなさいということを利休さんは述べています。
茶ッカソンにおいては「課題・アイデアの本質を常に意識しましょう」と翻案しています。課題がでたときに、その課題の本質はどこにあるのか。また、アイデアを出す時に、そのアイデアはその課題の本質にどのように作用するのか。それをしっかり見据えるのが大事です。
面白いアイデアは、出した時点で満足してしまい、それ以上掘り下げずに終わってしまうこともよくあります。そうではなくて大事なのは、アイデアの表面ではなく、深層を一度掘ってみて、その本質が生きるアウトプットを作り上げることです。
場をつくる仕事においても、本質を見据えることの重要性は言うまでもありません。
派手なアイデアを並べることは、実は場づくりの本質とは何の関係もありません。
例えばイベントの企画づくりでも、演出をそのイベントのテーマがあぶり出すための仕掛けとして考えますし、無駄な演出は、一見面白みがあるものでもカットします。コラボイベントでも、クライアントさんの課題の本質をしっかり見据えるのを怠っては、いいイベントは出来上がりません。常に、一段二段と深堀りしながら考えるように、自分自身は仕事の際に癖をつけています。
四、夏は涼しく冬暖かに (みんなでよい雰囲気をつくるために気配りし)
空調がない時代、夏暑いときは打ち水をして涼を誘い、冬寒いときは暖かいお菓子を出すなどして、客人が少しでも快適にその場をすごせるよう、その季節にあった気配りを欠かさなかったそうです。
茶ッカソンでは「いい場を創るために、みんなで気配りをしよう」と翻案しています。暑くなったら冷房の温度をそっと下げにいくように、その場の空気や状況に応じて、自分ができる気配りを尽くしましょう、という考え方です。
コミュニティやイベントのオーガナイザーにとって、場の状況を見ながら臨機応変に最適な環境を整えることは、必要な行動です。ぼくは自分のイベントだと、お客さんの反応をじっと見ながら、こうしたほうがいい!と判断した時には、プログラムの内容を変えてしまうこともあります。そしてすべての起点は、お客さんが快適に過ごせているかどうか、です。常にお客さんに対する気配りを意識することが大事です。
五、刻限は早めに (時間に余裕をもって行動、どんな時も焦りは禁物)
時間を意識しましょう、ということですが、その理由が重要です。余裕を持って行動することで生まれる、心の余裕こそが、おもてなしの心を生むという教えなのです。
限られた時間で実施される茶ッカソンのグループワーク。時間を意識するのは大事ですが、それ以上に大事なのは「余裕を持つ」こと、「焦らない」ことです。
少し焦っているな、と感じたら深呼吸をしたり、少し議論を止めたりしながら、心のゆとりを取り戻す必要があります。
イベントも、タイムテーブルをもとに動きますが、できるだけ余裕を持って進行するのが大事です。スタッフの焦りはすぐにお客さんに伝わります。焦りが伝わるととたんに、お客さんの快適さが損なわれますし、スタッフ側からもおもてなしの心が吹き飛んでしまいます。準備はマキで行う、早め早めで動き、何が起きてもゆとりを持てる状況を常に創るのが大事です。
六、降らずとも傘の用意 (不慮の事態に備え、チームで助け合い)
この場合、傘はたとえで、不慮な事態への備えを常に意識しましょう、という教えです。
茶ッカソンにおいて大切なのは、不慮の事態が起きた際に、チームでフォローすることです。トラブルは、チームワークが最も試される試金石で、これを乗り越えると、チームの結束は増し、よりよいアウトプットへと結果つながっていくのです。何かが起きたときに、誰のことも責めず、どうリカバリーできるかを一緒に考えるのも、円滑なグループワークには大事です。
「場」すなわちイベントやコミュニティは1人ではつくれません。みんなでつくるものです。場はナマモノなので、不測の事態は、必ず起きます。その際に、スタッフや、参加している人たちがどのように対処していくかが大事です。
また、この心が、チームで仕事をする際に共通の、最も重要なポイントだということは言うまでもないでしょう。
七、相客に心せよ (この場にいるすべての参加者に真心を)
相客とは、その場に参加した客人のこと、心せよ、とは、気を配りなさい、ということです。茶ッカソンでは「この場にいるすべての参加者に真心を」と翻案しました。
場づくりにとって大事なのは、利己的になることではなく「利他の精神」をベースに動くことです。この場に来ていただき、お金を払い、一緒の時間を過ごしてくださることに感謝をし、この場を楽しんでいただけるよう、真心を持って接するようにします。
また「一期一会」の精神もまた大事です。あるイベントがある際に、まったく同じ面子が、同じ空間に集まることは、二度とないのです。その1分1秒の時間を大事にし、ひとつひとつの出会いに感謝をし、その事実に敬意を持つこと。それが、参加者ひとりひとりへの真心につながります。
参加してくれるスタッフやスポンサーさん、ゲストさんとも、もちろん真心を持って感謝の気持ちで接する必要があります。結果として、参加するみんなが一体となって素敵な場をつくろうという気持ちが、自然と醸成されていくのです。
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この7つのポイントを読み返すと、実はこの「茶ッカソン流・利休七則」が、普段チームで仕事をする上でもとても普遍的なことを語っていることに気づかされます。
そして、この考え方は「共創」や「オープンイノベーション」がバズワードになり、スタートアップや大企業が手を取り合ってビジネスを作り上げる今の時代において、ますます重要性が増している考え方だと思うのです。
「鬼十則」で語られてるように、意識を高く持ち、他を蹴落とそうという勢いで、モーレツに働くスタイルも、それはそれでアリなのかもしれません。しかし、結果、どんどん仕事が利己的になり、利他の精神が失われることで、さまざまな歪みが生まれる事例もたくさんあります。電通さんの事件は、ある種、その象徴的な出来事だったと言えるのかもしれません。
お客さんや、周囲の方々に寄り添い、一緒に考えて、ひとつの成果を作り上げていく。そんな時代において、千利休が残したこの七則は、大きな意味を持っています。仕事につまったら、この七則を見返してみて、ゆとりを取り戻し、利己的になりつつあった自分の気持ちをときほぐすと、いいのかもしれません。
もうひとつ付け加えると、「利他の精神で働く」のと「お客さんの言われるがままに働く」のはまったく別のことです。前者はコラボレーションで、後者は「受託」ですね。
利他の精神で何かを創り上げる時には、プロフェッショナルとしての姿勢や、主体性がとても重要になります。お客さんが「こうしたい」という要望をあげてきたとき、それが本質に見合うものかどうかをきちんと判断する必要があります。お客さんの課題の本質を見据えて、プロとして、何をすべきか判断する必要もあります。利他の精神がベースになる世の中だからこそ「先手先手の仕事」ができるようになります。実は、鬼十則の語るプロフェッショナルの精神のようなものは、利休七則とめぐりめぐって重なる部分もあるのです。
ただ、ぼくもまだまだ不十分だなと、この記事をまとめてみて思います。利休さんのような方も「私もできていない」と弟子におっしゃっていたとおり、この七則にゴールはなく、完璧に満たされることはないのです。だからこそ掘りがいのあるテーマですし、一生大事にしたい言葉だな、と思えるのです。
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