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河原あずの「イベログ」

イベント屋・河原あず(ニフティ・東京カルチャーカルチャー)が、イベント、ミートアップ、コミュニティ運営で日々考えることを記録してます。

Wordに広がる宇宙〜「立体化」できるイベント企画書をつくる

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1/18に開催される500Startups with NIFTY presents「Co-Foundersナイト」の実際の企画書です。

イベントづくりは「企画書づくり」からはじまります。クライアントさんとお仕事をはじめて、ブレストのミーティングも盛り上がり「企画書お待ちしてます!」と締めて数日後、企画書提出。時々、びっくりするクライアントさんもいらっしゃいます。「え?Word1枚ですか?」はい、Word1枚で企画書を作ってます。もちろん、必要に応じて、何枚かのパワーポイントに落とすこともありますが、基本的にはA4で、多くても3枚程度に落としこみます。

上の写真は、1月18日に東京カルチャーカルチャーで開催する500 Startups Japanとのコラボイベント「Co-Foundersナイト」の実際の企画書です。日時、値段設定、ゲスト、想定動員、全体の進行、主催と共催の分担、基本的にはこれで終了です。(お金のパートはもちろんあるのですがそれはさすがにお見せできないのでカットしました。)企画の骨子となるのはこれらの情報ですが、多くのスペースを割くのが「タイトル」と「キャッチ(タイトル脇の説明)」そして「リード(煽り文)」です。そして、この「タイトル」「キャッチ」「リード」の3点セットこそが、企画の成否を決める鍵になります。

ぼくの場合は「タイトル」が浮かんだときに、イベント企画が9割完成します。だいたいにおいて、キャッチは、タイトルが浮かぶとセットで浮かんできます。そのキャッチを膨らませると、だいたいものの数分でリードはできあがります。

たかがA4数枚の企画書、書類に落とし込む時間自体は、最も短いときはわずか15分程度です。しかし、この落とし込む内容を考えるには、何十時間とかかることもあれば、時々浮かびきらずにボツになる企画だって出てきます。この「企画書」までたどり着く企画は、自分の中で「イケる!」と思い、実行フェイズにうつる企画のみです。

では、Word企画書に落とし込める企画とそうでない企画の差はなんでしょうか。ぼくは企画を「立体化」できるかどうか、だと思っています。

「立体化」には2つの意味があります。1つは「実現可能性」です。

テキストの企画書は所詮テキストです。しかし、企画は、実現できるものでなくてはなりません。収支はもちろん、動員もそうですし、ゲストのブッキングもそうです。企画の内容もそうです。あらゆる方向性でシミュレーションして、実現可能性を吟味した上で、企画書を作成する必要があります。実現可能性が半々くらいのものについては、実現可能性の高い代替案も付け加えなくてはなりません。実現できない企画は、ただの妄想であり、机上の空論です。企画は、実行してカタチにするまでが、企画です。企画のスタートは妄想で十分なのですが、企画書に落とし込む段階ではすでに妄想のフェイズは過ぎています。企画書は「これをかたちにします」というコミットメントも含んでいるのですから。

「立体化」のもう1つの意味。それは「イマジネーションの広がり」です。個人的には、とても重要視している部分です。

ぼくはイベントを企画するときに、映像でイベントの中身をいつも考えます。クライアントさんと企画会議をしているときにずっと考えているのは、そのイベントにどんな演者がきて、どんなお客さんがきて、どんな関係者がきて、どういう時間軸で、どういう楽しみ方をしているのか、です。それらを延々と想像します。

どこかにクリアにみえない、映像が曇るポイントがあると、それはイコール、今検討されているアイデアのどこかに無理がある、ということです。そんなときは大体ミーティングでも難しい顔をしながら「うーん、ちょっと違いますね」と言います。クライアントさんからの発案やリクエストに対しても遠慮なく言います。それが最終的に、クライアントさんのためになるからです。

脳内のシミュレーションの内容は、ミーティングでも逐次必要に応じて参加者に共有しますが、全部は共有しません。短い時間ですが、本当に膨大なことを考えているからです。お客さんの客層、男女比などはもちろんのこと、会場のオペレーションのこと、どれくらいの時間に帰るお客さんがではじめるか、遅刻してくるひとはどれくらいいるか、ビールはいつの時間帯になくなるか、どんな機材を使っているか、友達の誰々さんがきっときそうだ、じゃあ彼・彼女はイベントどこのポイントで喜ぶか、どんなことをしたら「ひく」か、終わったあとに「あずさん楽しかったです!」と言ってくるまでにはどんな過程があるか、どういう要素がそう言わせるか…などなど、実に細かいことまで考えてます。細かい情報を一気に与えると細かい話に終始してしまいがちなのでクライアントさんなどとの共有は後回しにしていい事項なのですが、プロデューサーサイドとしては、あらかじめ、自分の中で詳細な部分をシミュレーションしておくこと自体はとても大事なのです。(ちなみに実際の映像再生は走馬灯みたいな感じで脳内をめぐるので、実際の再生時間は数秒だったりします。)


で、そんな映像再生を何度も繰り返していると、たいていミーティングのあるポイントで、クリアに映像がつながるタイミングがあります。そんなときぼくはたいてい「あ、これはイケるな、イケますね」と独り言のように言い出して、ホワイトボードに何か書き出したり、口頭でイベントのイメージを伝えたりします。

ここでミーティング参加者が「それはいい!それですよ!」というリアクションになると、イベント企画は完成したも同然です(クリアな映像になった企画案は、けっこう高確率でそうなります。)。あとは名前が決まればイベント内容が決まる、というフェイズにはいります。(まあイベント名決めること自体も実はそれなりに大変なのですがそれはまた別の機会に。)

あとは自分が思い描いた客層にひっかかるような煽り文章に落とし込めれば、企画は出来上がります。その際、文章も、できる限り平易な言葉で、分かりやすく、だけど自分の描いた映像に基づき、やりたいことの「世界観」が浮かび上がるように作ります。そのため「非日常感」や「物語性」をとても意識しています。けど、あまりに本編の内容とかけ離れてもいけませんから、そこはうまくバランスをとって、文章を仕上げます。

結果、落とし込んだ文章に宿るのが「イマジネーションの広がり」です。イベントのことを説明しているだけなのに、なぜかわくわくして、「この場所にいかないとダメなきがする!」と巻き込みたい方々に思っていただく、そういう期待感を持たせることが重要なのです。

……
どうしてこんな企画書づくりができるようになったかというと、正直言うと、他のやり方を知らないからです。ぼくが、イベントの仕事をやるようになったのは2008年4月。当時28歳。元来人見知りだったぼくは、イベントなんてやったこともないのに、成り行きで東京カルチャーカルチャーに異動になりました(なぜか志望の結果でもあったのですが)。

で、カルカル店長でチーフプロデューサーであり、ぼくのイベントの師匠でもある横山シンスケさんから最初に言われたのは「100本企画書を書け。そして、1本、自分の好きなテーマでイベントをやれ」でした。手本に、と渡された企画書は、A4サイズで1枚程度のWordファイルが数点。けど、そのWordファイルの文体はとても生き生きしていて、他のイベントでは見たこともないものでした。大げさに言うのなら、その数点のWordの中には、「宇宙」のような無限のイメージの広がりがあったのです。

ぼくがまずはじめたのは、その「横山企画書」のコピーでした。自分が「これは面白い」と思ったテーマを見つけ出しては、次々と企画書に落とし込みました。最初はぜんぜんできてなかったけど、ひとつだけ、横山さんが「これでいけば?」と言ってくれた企画書がありました。自分のいちばん好きなバンド「スパイラルライフ」のファンイベントの企画書。これならできるんじゃないか? 思い入れありそうだし、カルカルはL⇔Rの(黒沢)健一くんのライブもやってるし、スパイラルライフのファンにもなじみあるでしょう、と。

 

結果、2008年6月に最初の自主イベント「スパイラルライフブートレッグナイト」が誕生しました。ファンコミュニティの仲間をかき集めて登壇してもらい、必死に告知をして、なんとかカタチにして…動員は30人ちょっとでしたけど、とても楽しかったですね。そこからぼくのイベント人生がスタートしました。

……
話が逸れましたが「立体で考える」というのも実は、イベント企画における横山さんの口癖です。ぼくは自分なりに彼の抽象的な表現を解釈して、自分なりの方法でこの「立体化」を行っているんだと思ってます。それが脳内で映像化することだったり、徹底的にシミュレーションを脳内で繰り返すことだったりするのですよね。

さまざまな事態がイベントでは起こりますが、あらかじめある程度のシミュレーションができていれば、慌てることも徐々になくなります。そして「なんとかなる」パーツと「絶対にはずしてはならないパーツ」が見えてくるようになるのです。なんとかなるパーツにはある程度ののりしろを残し、はずしてはならないパーツをとにかくしっかり埋めていく。これが、ぼくの考える「イベントをつくる」ということの根幹です。

こういう工程を経ているから、きっと、企画書はA4数枚で済むのです。けど、わくわくする企画を数枚に落とし込むと、そこに「イマジネーションの宇宙」が宿ります。テキストの行間から、立体的な映像が浮かんでくるようになります。そうするとA4数枚という制約なんて飛び越えて、読んだ人の中での企画に対するイメージが、いい意味で一人歩きしだすのです。

最初に横山さんの企画書を見たときの、あのどきどきする感じ、高揚感、立ち上るイメージ。それを大事にしながら、企画書に、脳内映像を落とし込む日々です。ここにたどり着くまでは大変なこともありますが、企画書書きは本当に楽しい。たいていニヤニヤしながら書いてるので、周囲の人は企画書書いてる最中は、あまり近寄らないでくださいね。

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企画書を引用した、絶賛前売チャージ券発売中の「Co-Foundersナイト」はこちらになります。ご興味ある方はぜひ遊びにいらしてください。ご飯と2ドリンク付きの価格なので、相当お得ですよ。

cofounders.peatix.com

「もっと動員を集めるありき」のイベントはもうやめよう〜「精度」と「満足度」を考える

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茶ッカソンの様子(伊藤園さん撮影)

あるクライアントさんと商談をしていたときの話です。ぼくは、企業さんや自治体さんと一緒に「アイデアソン」と呼ばれるイベントをやることが多いのです。その代表格が、伊藤園さんとのコラボレーションとして、シリコンバレーで立ち上げた「茶ッカソン」で、今ではサンフランシスコ、シリコンバレー、ニューヨーク、シアトル、東京、京都、横浜、鎌倉などで、のべ700人近くのかたに参加いただいているコミュニティ色の強いアイデアソンシリーズです。

で、この「茶ッカソン」はクライアントさんとお仕事して、クライアントさんの新しい事業の活性や、問題解決のヒントを得るための場にしたり、商材のPRにつなげたりすることが多いのですが、とあるクライアントさんと話をしていたときに、こんな話をされたのです。

「あずさん、今回のアイデアソン(茶ッカソン)、たくさんの方に来ていただきたいんです。100名くらい呼べますか?」
「いや、呼べません。前の打ち合わせでお話したとおり、30〜40名が適正人数、多くても参加キャンセルも見込んで50名でいきましょう」
「告知が難しいのですか?」
「いえ、この企画内容であれば、100名をこえる応募はくると思います。けど、そこから抽選で、多くても50名に減らします」
「なぜですか?100名呼んだほうが、落選して悲しむ人も少ないし、場も盛り上がるのではないでしょうか?」

 
実際、あちこちのハッカソンやアイデアソンでは100名を越す人数で実施する企画もあります。それはそれでいいことなのですが、ぼくは、このクライアントさんの企画においては、大規模でやるのはそぐわないとはっきり思い、こうクライアントさんの担当・Cさんに説明しました。


「Cさん、この企画に大事なのは、「精度」と「満足度」なんです。今後の基礎をつくる初回の大事な企画ですし、まずはそこをつきつめませんか?」

まず企画の趣旨は、そのクライアントさんの商材に、今まであまり関心を抱いていなかった層に、関心を持っていただくことでした。そして、「ああ、この商材●●って面白い!!」と反応していただき、そして、のちにその会社のファンになっていただくことを目的としていました。まず、参加者の方々に、その商材についてしっかりインプットして、商材関係者のみなさんと対話していくプロセスが必要になります。人数が多くなればなるほど、その伝わり方は希薄になりがちですし「当事者意識」が醸成されづらくなります。

参加している方のモチベーションも重要になります。不思議なものですが、大人数になればなるほど、イベントというのは「サボり参加」も容易くなります。たとえば、参加してるふりをして、自分のワークに没頭したり。少人数だと、まわりの視線がより気になるのか、もっとイベントのコンテンツに没入できる環境になるのです。1/30より1/100のほうが、ひとりのもつ重さが希薄になる。冷静に考えればシンプルな話なんですけどね。

ここまでが「精度」の領域です。きちんと、熱狂させて巻き込むべき方々を適切に巻き込むための「精度」です。

……
さて、人数が増えると、イベント構成に大きな影響がでます。たとえばグループワーク。適正人数は5〜6人です。これが7人以上になると統率をとるのが大変になってきます。仕事でのチームもそうですよね? 7人をこえると、勝手なことをしだす人というのが、どうしてもでてくるのです(不思議ですねあれ。人間の本能みたいなものがあるんでしょうか)。けど、6人までなら、一体感が生まれやすいんですよね。

さらに、グループ数が増えると、発表の時間がのびることになります。聞きっぱなしの状況に陥ったとき、人間の集中力が続く限界は50分程度です。学校の授業1コマのサイズがそれくらいだったのは、たぶんそのためでしょう。1チームの発表が5分、そのあとの質疑応答に3分とった場合、1時間弱におさめるには、最大のチーム数は7チーム程度ということになります。ときどき10チームくらいでアウトプットのプレゼンやる場合ありますけど、あれは途中で休憩時間いれないと場の緊張感を保つのが難しいです。けど休憩いれると、それはそれで緊張感がそがれる。やはり、チーム数はコントロールしたほうがいいのです。

このあたりは「満足度」の領域になります。主催者のエゴでつめこみすぎると、結果的に参加していただけるみなさんの「満足度」が減ることにつながります。もちろん「精度」が高くなるほど「満足度」もあがりますから、このあたりは相互補完関係にあります。なので、片方をないがしろにするわけにもいきません。

……
これはワークショップの事例なので、講演会とかフェス系のイベントには関係ないや、って思う方もいるかもしれませんが、ぼくは根本は一緒だと思ってます。イベントのスタイルによって、適切なサイズってあるのです。その適切サイズをこえると、どこかで無理をきたして、結果、コンテンツと参加者のマッチングの精度が落ちたり(例:ターゲットの外の層がまじってノイズになる)会場運営的に行き届かずクレームに発展したりします。(例:ケータリングの食事が足りなくなった・営業目的の人間が混じってたが目が届かず放置してしまった)

収支的に、人を呼ばないと成り立たない、ということはもちろんあるし、そのバランスを考えるのもプロデューサーの仕事ですが、少なくともさらなる収益が見込める可能性がでてきたときに「追加のチケットをあえて売らない」という選択肢をとることも時に必要だとぼくは思ってます。

けど「人をあえて呼ばない」判断をするときの実はいちばんの理由は、この商談のときにクライアントさんが納得してくれた、この言葉に含まれてたりするんですよね。

「Cさん、100人きたときに、きた全員の顔を覚えて、全員と会話できる自信ありますか?」
「うーん…正直…100人は厳しいですね。」
「じゃあ、40人なら、どうでしょう?学校の1クラスくらいです。」
「ああ、それくらいなら…なんとかがんばれますね!」

 
お客さんひとりひとりの顔をみて、関係性をつくっていくのが、コミュニティ系のイベントにおいて最も大事なポイントです。数百人と人を集めている「コミュニティのイベント」というのも世の中にはなんと存在するのですが、それって主催者も全員の顔なんて把握しきれてないのではないでしょうか。


けどぼくは思うんです。顔の見えない状態のコミュニティは結局、コミュニティではなく「マス(群衆)」と一緒なんですよね。

動員を頑張るな、とは言いません。もちろん、動員はイベントの要です。けど「より多くの動員」ありきのイベント計画をもし書いている方がいたら、いったん、一呼吸おいて、見直してみるのも、いいかもしれません。目的は何か、なぜやるのか、どういう人たちをどういう状態にするのがゴールか。それが見えると、おのずと、どういう環境をつくるのがベストなのかは見えますし、適正な動員サイズも見えてくるものです。KPIは動員数!っていうイベントも多いかもしれないですが、ゴールと目的と照らし合わせて目標値も設定していくのがいいのではないかなと思います。

※実はこのクライアントさんは架空です。複数の商談のエピソードを組み合わせたフィクションです。最後の最後にすみません。つつしんで追記させていただきます。

河原あずのイベントブログ=「イベログ」はじめます。

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河原あずといいます。ニフティが渋谷で運営するイベントハウス型飲食店「東京カルチャーカルチャー(カルカル)」を拠点にイベント屋をしてます。2008年4月から2012年4月まで年間平均200本近くのイベントのコーディネートをしてました。2011年11月から2012年2月まで会社の研修制度でアメリカ・シリコンバレーに長期出張。そこで「ミートアップ」というアメリカ流のコミュニティ構築の現場を体感してきました。2013年8月から2016年8月までは、現地駐在員としてアメリカ・サンフランシスコに滞在し、数多くの会社とコラボしながら、イベントやミートアップを繰り返してきました。帰国後は同様の活動をカルカルの新しい柱として継続しています。

tcc.nifty.com


このブログは、そんなイベント屋の河原が、イベントや、ミートアップや、コミュニティの運営に関して、日々なんとなく思っていることを、淡々と記録していきます。

だいたい月間3〜5本程度のイベントやミートアップを帰国してからもカルカルの中や外でまわしているわけですが、リアルコミュニティづくりに関しては、自身の活動、カルカルの活性化はもちろんのこと、もっと外部に体系的に発信していかないと、という気持ちが徐々にわいてきました。

サンフランシスコから日本に帰国して、主に都内でいろんな現場見てると、イベントというものやコミュニティに関して、あれ?うーん、ちょっと誤解されているのかな?と思える場面に出会うことがあります。

例をあげると、「動員をどんどんもっと集めよう!目標は動員●百人!」みたいなイベント。はて。動員集めればイベントは成功なのでしょうか?「コミュニティづくりのためにイベントをやりましょう!」うん、確かにそうなんですけど、イベントをやれば必ずコミュニティができるかっていうと、ちょっと違くないかな?「●●ミートアップを●●ホールで開催!!」うーん。イベントとミートアップの違いを意識してこの言葉を使っているのかなあ?などなど。

このあたりをきちんと説明できて実践できるイベントオーガナイザーはもちろんいらっしゃいます。います、が、どれだけの人数いるかっていうと、けっこう身の回り見渡しても希少です。特に「実践」っていうのが難しい。頭でわかっていても、実行にそれをうつすのは、本当に難しいのです。

けど、このような自分の中のベースがきちんとありつつ、イベントづくり、コミュニティづくりが実践できるオーガナイザーが増えていってほしいし、そのためにはぼくなりの考え方をまとめて「ぼくはこう思う」って発信して、いろんな人たちと議論を深めてく必要あるのかなって思い始めて、このブログをはじめようかなと思い至りました。

特にコミュニティづくりの部分は、もっと自身にとっても深めなくちゃならない領域だし、もっと意識的に取り組もうと決意を新たにしとります。また、いろんなかたの解釈が入り混じりすぎて、なかなか真意が伝わりづらい領域でもあり、そのためにもまずは自分の考えの核を表に出していくことを始めようと思います。ぼくは「実践してカタチにしたことを踏まえてしか語れない」人間ですし、それは実践者ゆえの強みでもあります。とりあえず、細々と更新していこうと思ってますので、お時間あるときに、なんとなく読んでやってください。こういう話聞きたいってリクエストあれば、反映するかもしれないし、しないかもしれません。まあ、新年って、こういうの立ち上げるにはちょうどいいタイミングですしね。

よろしくお願いいたします。

あ、超余談ですが、いろいろ迷って結局はてなであけることにしました。自社ニフティのサービスの「ココログ」や、mediumやnoteなどにしようかとも迷ったのですが、コミュニティ活動してる方の人口考えるとやっぱりはてななのかなっていうのと、はじめてブログやったのがはてなダイアリーなので、初心に帰るという意味で、はてなブログを開けることにしました。ココログもいいブログなので、ぜひともみなさん使ってやってくださいね(PR)。